2009年06月15日

テレビを見て

6月1日にNHKテレビのクローズアップ現代という番組の中で、抗うつ剤(SSRI)の副作用のことを放送していました。
この番組を見た方も多かったのではないかと思いますが、色々と大切なことを私たちに教えてくれているように感じましたので、今回は、これを取り上げてみたいと思います。
SSRIは従来の抗うつ剤よりも副作用が少なく、また、効果もあるということで、最近は病院でも良く処方される薬とのことです。
しかし、この薬の副作用で必要以上に元気が出てしまい、凶暴な事件を引き起こす例が増えているとのことでした。
10年位前にアメリカで起きた、コロンバイン高校無差別乱射事件の犯人の中の1人も、このSSRIを飲んでいたとのことです。
また、この番組の中で出演されていましたが、コンビニ強盗を起こしてしまった若い女性もいるとのことでした。
この番組の中では触れていませんでしたが、最近の日本において自殺者数が増えている背景にも抗うつ剤の副作用が考えられるという情報があります。つまり、抗うつ剤によって元気が出るのは良いのですが、これがマイナスの方向に働いてしまうと、殺人や自殺といったことが起こりやすくなってしまうのだと思います。
なお、この番組の中で特に貴重な情報だと思ったのは、イギリスの精神療法の取り組みについてでした。
イギリスでは、すでに抗うつ剤の副作用や、その効果の限界に気付き、うつ病などに対して精神療法で対応しようとする動きが出ているとのことでした。
かつて戦前の日本では森田療法などの精神療法が、今よりはるかに多く行われていたのですが、戦後、アメリカの影響を受けて薬物療法の方向に流れが向いていますが、これからは、イギリスの姿勢を見習い、薬物療法一辺倒の対応から、精神療法も取り入れる形に進んでいってもらえれば、うつや神経症に悩んでいる人を、より多く救うことが出来るのではないかと感じました。
今は、本来、薬を飲まなくても治していける神経症の人の場合でも、精神科で処方された薬を飲み続けているという例が増えているように思います。
これは病院や製薬会社にとっては非常に都合の良い流れですが、実際に悩んでいる患者の立場に立てば、かつての排気ガスの公害のように、とんだ被害を受けているということになるのだと思います。
ですから、新聞やラジオ、週刊誌といったマスコミでも、この辺のことを取り上げてくれると良いのではないかと感じました。
ニックネーム S at 16:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 薬関係

2009年05月09日

清水由貴子さんのこと

4月20日に、元アイドルでタレントの清水由貴子さんの自殺のニュースがテレビや新聞を賑わわせましたが、こんなに悲しいことがあるのかと、思わず涙ぐんでしまいました。
認知症を患った母親の介護を一生懸命にしていた彼女が、母親と一緒に死を選ぶというのは、今の社会の問題点を浮き彫りにしたものではないかと感じました。
おそらく、この清水由貴子さんという女性は躁鬱病気質を持っていたのだと思いますが、これだけでは済まされないことのように思いました。
前回の投稿でも書かせていただきましたが、今の日本の社会は行き過ぎた平等主義というか、かくあるべしの理想主義というか、例えば、安楽死とか、姥捨て山といったことを、口に出すことさえ憚れるような社会になっているのではないかと思います。
もともと人間も動物と同じように、この地球という自然の中で生きている生き物に過ぎないのですが、「弱肉強食」という自然界の摂理を、何時からかタブーだと考えるようになってしまったのではないかと思います。
つまり、個人個人の人権を重んじることが行き過ぎてしまい、自然界の摂理を踏みにじっているというのが、今の、特に日本の社会の考え方のような気がしてしまうのです。
そして、このために、世界一の長寿社会になっているにも関わらず、幸せや生き甲斐を感じている人が少なくなっているのではないかと思います。
つまり、何でもかんでも長生きさえすれば、これで良いんだという考え方が主流になっているのではないかと感じます。
しかし、これは自然界という大きな視野から見ると、ちょうどガン細胞が異常に増殖しているようなものであり、逆に好ましくないことなのではないかという気もしてしまうのです。
医学的な技術が今のように進歩していなかった昔は、病気で亡くなる人も多く、また、姥捨て山といったシステムもあり、自然淘汰という形でピラミッド型の人口構成が得られていたのではないかと思います。
しかし、今は、医学的な技術の進歩や、行き過ぎた平等主義、博愛主義のために、自然淘汰がうまく昨日せず、不自然な形のピラミッド型が出来上がってしまっているのではないかという気がするのです。
そして、今、世界の中でも最も不自然な形のピラミッド型になっている日本が、世界に先駆けて、新しい一歩を踏み出す時期に来ているのではないかと感じています。
話が著しく飛躍してしまいましたが、今回は、清水由貴子さんの自殺のニュースから感じたことを書いてみました。
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2009年04月09日

安楽死について

先日、たまたま、Yahoo!知恵袋を覗いていた時に、下記のような書き込みを目にしました。

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http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1112792676?fr=rcmd_chie_detail

現在の日本社会に必要なのは介護制度ではなくて文字通りの姥捨て山です。 - Yahoo!知恵袋

ベストアンサーに選ばれた回答

calahon952さん

この質問に否定的な回答が多いですね、
「何の役にも立たないお荷物」だと言われた70過ぎの私には涙がでるほど嬉しく有難いことです。
想像力のある優しい若い方も多いですよね。

誰でも、なりたくなくても必ず年寄りになりますから姥捨て山は年寄りだけの問題ではなく、人間みんなの人生最後の大問題です。
これから自分の行く「姥捨て山」はどいうものか、どうあって欲しいか考えないといけませんね。

質問者さんのご意見に賛同できる部分もあるのです。
伝説の姥捨て山なら、年寄りは飲まず食わずで何日かすれば死を迎えられましたが、今の姥捨て山である老人ホームでは多分、心と血の通わぬ(しかたの無いことだと思いますが)介護をうけてただ生きながらえているのが実情だと思います。幸せでは無いし何の希望もありません。
わたしはそれまでの様な日常生活が送れなくなったと自他ともにわかった場合、安楽死したいので1日も早く安楽死法が出来ることを願っています。

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介護制度よりも姥捨て山が必要ではないかという質問に対して、70歳過ぎのご老人が書き込まれてものですが、老人ホームへ入るよりも安楽死した方が良いという、ショッキングな内容でした。
今の日本では行き過ぎた平等主義というか、「かくあるべし」の理想主義というか、どんなに年を取っても生かしておくという方向になっているように感じます。
つまり、心は死んでいたとしても、体だけは永久に生かさなければならないという軽薄な理想主義が氾濫しているように感じます。
これはタバコを目の敵にして社会から抹殺しようとしているのと、どこか通じるところがあるように思いますが、理想を求めるあまり、何か大切なことを見失っているのが今の日本の社会ではないかと感じるのです。
上に引用させていただいた、ご老人の方の意見も、むしろ、真理をついたものではないかと思うのですが、こういう意見が社会の表に出てこないで、何でも良いから長生きさせれば良いとか、福祉が大切だといった、片手落ちの方向に進んでいるように思えてならないのです。
そして、これはもしかしたら、今の日本を支配している官僚と呼ばれる人達が作り上げたものなのではないかという疑問も感じるのです。
今日は神経症とはあまり関係のない内容になってしまいましたが、ふと気付いたことを書かせていただきました。
ニックネーム S at 16:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 安楽死

2009年03月11日

うつ病治療のテレビを見て

先日、NHKスペシャルの中で、うつ病治療のことを放送していましたので、見られた方もいると思いますが、今日は、この感想を少し書かせていただきたいと思います。
前から、このブログの中でも何度か触れてきたと思いますが、今の精神科医療の問題点が浮き彫りにされたような内容だったと思います。
一つは、薬物療法一辺倒の治療姿勢ということになると思います。
番組の中で、ある患者さんが、うつ病ということで何カ所かの精神科クリニックで診察を受けたところ、ある所では2種類の薬しか出されなかったのに、別の所では7〜8種類の薬を出されたということを紹介していました。
同じ、うつ病で、同じレベルの症状にも関わらず、このように病院によって、その対応にバラツキがあるというのは、それだけ診察基準が曖昧である証拠ではないかと思いました。
また、これと関連して、今は、うつ病ブームだということで、精神科のクリニックを開業しようとする人が増えているとのことでした。
病院も一種の商売ですから、商売感覚で病院を開業しようとすることに特に異議を唱えるつもりはありませんが、大学の医学部では、例えば精神科の専門の知識を教える訳ではなく、どんな大学の医学部を出ても、国家試験に通りさえすれば、自由に診療科目を選べるという今の制度にも大きな疑問を感じました。
また、イギリスでは薬物療法の限界をすでに感じており、うつ病治療に精神療法を取り入れているということを紹介されていましたが、これからの精神科医療は、この方向に行かなければならないのだと思います。
つまり、今のような薬物療法一辺倒の対応では、本来、治る症状でも治らなくなってしまう危険があるのだと思います。
こういう意味で、この番組がキッカケになって、薬物療法の問題点がクローズアップされれば良いなと感じました。
ニックネーム S at 14:32| Comment(0) | TrackBack(0) | うつ

2009年01月30日

新聞広告を見て

先週の土曜日(1月24日)の朝日新聞に、働き盛りに増える「社会不安障害」ということで、1ページの全面広告が出ていました。
日本人の13%が当てはまり、本人が辛いだけではなく日本経済にも多大な損失が出ているとのことで、きちんと精神科などの病院へ行って薬を飲み治療することが大切であるというような内容でした。
また、サイトのアドレスも載っており、このホームーページを見ると、書痙を初めとした症状を動画を使って解説しているとのことです。
社会不安障害(SAD)というのは、最近になって使われるようになった病名ですが、この症状自体は、特に最近になって現れるようになったということではないのです。
昔から、あがり症とか、対人恐怖症と言われていた神経症の症状が、新しい病名の分類で表現すると社会不安障害(SAD)になるという話だけなのです。
しかし、あまり馴染みのない病名だと、何か新しい病気のように感じてしまうのは人間であれば仕方のないことだと思います。
しかし、すでに70年以上も前から神経症は心の「とらわれ」から来る症状であり、森田療法によって、この「とらわれ」が薄れてくれば充分に改善してくるということが分かっていることなのです。
しかし、今は、ここには少しも目が向けられず、新しい薬の方にだけ目が向けられているように感じます。
今のように不景気な状況でも製薬会社は大きな利益を上げていますから、新聞の全面広告を何度も載せ、「薬を飲みさえすれば治ります」という誤った情報を広めているというのが現実ではないかと思います。
ニックネーム S at 15:14| Comment(0) | TrackBack(1) | 社会不安障害

2009年01月21日

「夢をかなえるゾウ」のこと

昨日、たまたまテレビを見ていたら、TBSの「キミハ・ブレイク」という番組の中で、「夢をかなえるゾウ」のアニメが放送されていました。
そして、久々に、心の中に入ってくるものを感じました。
主人公である落ちこぼれサラリーマンが関西弁を話す自称神様”ガネーシャ”に色々教えをもらうストーリーのようですが、この中で、失敗を成功だと考えることが大切であるという話をしていました。
つまり、失敗の経験も、見方を変えれば良い勉強であり、貴重な情報になるという意味なのだと思います。
普通は誰でも、失敗すれば落ち込んでしまいますが、落ち込んでいるだけでは失敗の経験を生かすことが出来ないということなのだと思います。
「失敗は成功の元」とか「人間万事塞翁が馬」という言葉もありますが、失敗の経験をプラスに受け止めることが大切であるという内容でした。
そして、これは、私たち神経質性格の人間の場合にも非常に大切なことのように感じました。
神経症に悩み落ち込んでいる時は、劣等感や悲観的傾向を強くしているために、ちょっとしたミスや失敗でも、大きく落ち込んでしまうものなのです。森田療法では「両面感の見方」ということでプラス面に目を向けることを教えていますが、失敗を成功だと考えることも、この一つの例になることのように感じました。
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2008年12月25日

書痙について

前回、高齢者に多く見られる症状として書痙があると書かせていただきましたが、今回は、この書痙について、今、感じていることを書かせていただきたいと思います。
書痙というのは、結婚式や葬式の記帳の時に手が震えて自分の名前を書くことが出来ないと悩む症状になります。
このように人前で字を書く時に手が震えてしまうというのが悩みなのですが、症状が進むと、周りに人がいなくても手が震えてしまうようになるものなのです。
そして、このために、手の神経の問題と誤解されやすいのですが、これは単に、書痙の症状が「クセ」になっているために、条件反射的に症状が起こっているだけに過ぎないのです。
ですから、手の神経とか筋肉の問題と勘違いしないようにしていくことが大切だと思います。
また、書痙に悩むような人は、むしろ人よりも字が上手な人が多いように思います。
中には書道で資格を持っている人などもいるものなのです。
これは、字が上手な人の方が、むしろ下手な字を書いて恥ずかしい思いをしたくないという気持ちが強いために、症状が起こりやすくなるのだと思います。
つまり、書痙は精神的な要因、つまり、心の置き所の問題で起こってくる症状だと言えるのです。
ですから、森田療法の学習をしていく中で、手の震えを「あるがまま」に受け止めることが出来るようになれば、この結果として、手の震えは起こらなくなってくるものなのです。
ニックネーム S at 14:02| Comment(0) | TrackBack(1) | 対人恐怖症

2008年12月17日

高齢者と神経症

団塊の世代が定年を迎える時代になってきて、これから高齢者と言われる人がますます増えてくることと思います。
私の所へ相談に来られる方の中でも、定年を過ぎて神経症の症状に悩まれている方が増えています。
慢性的な頭痛などの体調不良、ある一つの観念にとらわれる強迫神経症、手の震えに悩む書痙といった症状が多く見られますが、定年を過ぎて、暇な時間が増えたことで、より症状を感じやすくなっている人も多いように思います。
ただ、神経症になるような神経質性格の人は、もともと「生の欲望」が人一倍、強いですから、ボランティアや趣味など、それぞれの人なりに、やるべき事を見つけ、毎日の生活を送っている人が多いように思います。
ただ、こういう生活を送りながらも神経症に悩んでいる人が増えているように思います。
森田療法は学習的な側面の強いものですから、ある程度の年齢が行ってしまうと、身に付きにくくなる傾向がありますが、それでも、森田療法の考え方を知ったことで、症状がだいぶ楽になったという高齢の方が多いように思います。
ですから、自分は高齢だからということで森田療法をあきらめる必要なないのだと思います。
森田療法の効果を100%感じることは出来なくても、50%とかであれば、充分、感じることが出来るのだと思います。
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2008年12月10日

視線恐怖症について最近感じること

視線恐怖症は対人恐怖症の中でも悩んでいる人の多い症状だと思います。
会社の職場などで周りの人の視線が気になり、ぎこちなくなったり、自分の仕事に集中して取り組めないということで悩んでいる人も多いと思います。
特に仕事で電話をかけたり電話に出たりする時に、周りに職場の人がいると、視線が気になり、緊張し、電話の受け答えが上手く出来なくなってしまうという状態になっている人も多いのではないかと思います。
このように人の視線を感じ緊張したりぎこちなくなってしまうというのが視線恐怖症の良くある症状なのですが、これとは反対に、自分の視線が人に迷惑をかけていると感じ悩む症状もあります。
これは正視恐怖とか脇見恐怖症と言われている症状になりますが、自分の視線によって人から変に思われてしまうと感じる症状なのです。
特に男性の場合に多く見られる症状ですが、若い女性の胸とか太股などに目が行ってしまうことで、周りの人から変に思われると感じる脇見恐怖症の人が最近は増えているような気がします。
最近は女子高生の制服のスカートの丈が短くなっていますが、このことも、いくらかは影響しているような気がします。
ニックネーム S at 14:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 対人恐怖症

2008年12月02日

拒食症と潔癖症

拒食症は自分が太っていると感じ、必要以上に食事制限をしてしまう結果、体重が極度に減ってしまう状態を言いますが、今、この拒食症に対する効果的な治療法がないように感じます。
極度の体重減少状態の場合、入院させ、点滴などで対応していくことが多いと思いますが、これだけでは根本的な解決にはなっていないように思います。
また、抗うつ剤などの薬物療法でも、思うような効果が出てこないことが多いのではないかと思います。
しかし、拒食症のメカニズムを考えてみると、これは強迫神経症の症状の一つである潔癖症と非常に似ているということに気付きました。
つまり、潔癖症の場合は、不潔感にとらわれた状態ですが、拒食症の場合は、体重増加感にとらわれた状態だと言って良いのではないかと思います。
不潔感にとらわれた状態になってしまうと、客観的に見て、いくら汚れていなくても汚れているように感じてしまい、必要以上に手を洗ったり、身の回りの掃除をしてしまうことになります。
これと同じで、体重増加感にとらわれた状態になってしまうと、客観的に見て、いくら痩せていても、まだ太っているように感じてしまい、必要以上に食事制限をしてしまうということになるのだと思います。
ですから、拒食症の場合も、強迫神経症の一つの症状だと考え対応していって良いのではないかと思います。
つまり、森田療法的に対応していくことが、拒食症治療の大きな前進に結びつくのではないかと感じます。
ニックネーム S at 15:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 強迫神経症